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2009年5月24日日曜日

神道の史的概観

一般神道(「・・神道とは日本に発生し、主として日本人の間に展開した伝統的な宗教的実践と、それれを支えている生活態度及び理念をいう、・・」(岸本編、『世界の宗教』、p.228)
日本人は、自然の働きに神を感じ、自然と調和し、また自然に働きかけて生業を営み、豊かな風土を作り上げて生きてきた。共同体を中心とした生活の中で、日本人は生命力や神霊に満ちた自然の働きや祖先によって生かされていることを思い、自然や祖先に対する感謝・祈願の祭を行ってきた。これが神道の基本である。神話は、世界が混沌から生成され、神が国を生んで作り固めて(修理固成)、日本という国土が生まれたところから始る。神によるこの業を、神の子である人間が受け継いでいく話として語られており、アマテラスオオミカミがこうした営みをいよいよ栄えるものとして祝福している。ここに神道の本質がある。神道とは、この現実世界が人間や自然の自らの働きによって不断に生成発展することを説く現世主義の宗教である。(ひろさちや他、『神道の聖典』、鈴木出版、1993、p.40)
 第1項 古神道(古墳時代から仏教伝来まで)(538年以前)
i.自然神
ii.人間神
iii.観念神
農耕儀礼;祈年[トシゴイノ]祭、新嘗祭
禊祓[ミソギハラエ]
世界観:垂直的、水平的。
現世中心的楽天主義
iv.古神道の展開
a.皇室による神話統合。
b.神人分離←同床共殿
c.神祇制度確立:権力による信仰の強制でなく、諸氏族の氏神を尊重、守り神として迎え入れる。(養老令、延喜式[927]→神祇式[最初の10巻]、その9、10巻は、神名[ジンミョウ]帳→式内社)
2月祈年[トシゴイ]祭、3月鎮花[ハナシズメ]祭、4月神衣[カンミソ]祭、三枝[サイグサ]祭、大忌[オオイミ]祭、風神[カゼノカミ]祭、6月月次[ツキナミ]祭、道饗[ミチアエ]祭、鎮火[ヒシズメ]祭、7月大忌祭、風神祭、9月神衣祭、神嘗[カンニエ]祭、11月相嘗[アイニエ]祭、鎮魂[タマシズメ]祭、大嘗[オオニエ]祭、12月月次祭、道饗祭、鎮火祭、6・12月晦日大祓。(神祇官の恒例祭祀)

 第2項 神道理論の展開
1 神仏習合
 奈良時代に仏教主導の下に、神道と仏教の習合が行われる。
1.護法神の観念;仏法を守護する。(例、宇佐八幡の東大寺大仏鋳造)
2.神々の解脱;神宮寺、神願寺の建立。
2 本地垂迹思想;仏教的神道
1.本地垂迹
 平安時代には神は衆生済度のために現れた仏の仮の姿だとする本地垂迹思想が、仏教側から説かれた。
2.天台神道(山王一実神道)・比叡山
3.真言神道(両部習合神道)・高野山
3 反本地垂迹説;鎌倉時代から自主的神道が起こる。
 中世には、学派神道と呼ばれる伊勢神道・吉田神道などが成立し、理論化が進む。
1.伊勢神道(度会神道)
2.吉田神道(室町時代)
4 儒家神道(江戸時代)
 朱子学を始めとする儒教と神道とが結びつく。神儒合一
1.朱子学者(性理説・藤原惺窩、林道春)
2.陽明学者(良知説・中江藤樹、熊沢蕃山)。
3.吉川神道;吉川惟足[コレタル1616-1694]、朱子学派。太極=国常立尊。
4.垂加[スイガ]神道;山崎闇斎[1618-1682]、朱子学派。天皇信仰、勤王思想の源泉。
5 復古神道
 国学運動;国学は古典を研究し、日本民族の精神を明らかにしようとした。
契沖
賀茂真淵
本居宣長[1730-1801]→平田神道。特に、本居宣長・平田篤胤の説は、仏教や儒教に影響されない純粋な古の道・神ながらの道の復活を説いた。
6 明治時代
 神道は、日本の国家の精神的支柱とされ、神仏判然令、大教宣布などの政策によって、国教と同じ位置についた。
第3項 現代神道
i.その特徴
a.神秘な力としての「ムスビ」。
b.いのちの源としての「ムスビ」。
c.基本的生活態度としての「まこと」。
d.人生の意味に関連しての「つながり」→「中今[ナカイマ]」。
e.文化的社会的諸要素を統合するものとしての「つながり」。
ii.その機能(人間問題の究極的解決・人生の究極的意味の探求)
a.未完成な自己にも拘らず神の恵みに生かされていると言う自覚→まこと、祈り、浄め(禊・祓)。{人間問題の究極的解決}
b.つながり→まこと・中今の立場からの献身、奉仕。{人生の究極的意味の探求}